「お先に失礼しまーす」

社員がひとり、またひとりとエレベーターに吸い込まれてゆく。

「お疲れ様でーす」

特段何の感情も込めずにそう答えつつ、斜め向かいのデスクに座る彼の顔をちらりと見やる。

彼は、直属の上司でもあり、私の彼氏でもある。何度か会話を重ね、飲みに行くうちに距離が縮まり、気づけば恋人同士になっていた。

「そろそろ、切り上げよう。うち来る？」

ふっと顔をあげると、彼の顔が目の前にあった。辺りを見回せば、がらんどうのオフィスにはふたりだけしかいない。声を潜めつつ答える。

「もう終わったの？」
「いや、まだ。でも、せっかくの金曜日だし。いいよいいよ、あとは月曜日にやろう」
へらっと笑うと、目の端に皺ができる。そんなところも好きだ。私は小さく「オッケー」とつぶやいてPCを閉じた。

こざっぱりと片付いた部屋に、ローテーブル。茶色の革のソファー。飾り気がなくシンプルながら、そのひとつひとつが決して地味ではなく、独自のスタイルを保って馴染んでいる。

実は、彼の家に訪れるのは今日が初めてだ。持ち主そっくりの印象の部屋だなあ、と思いながら何となく落ち着かずうろちょろしていると、ふたつのグラスが運ばれてきた。

「よければ、ソファー座って」
「ありがとう。うわあ、綺麗なグラス。どこのブランドの？」
「PROGRESSの『ジュエリーグラス』っていうんだ」

初めて聞く名前に、眉をひそめる。

「ジュエリーグラス……？」

こくりと頷く彼。

「うん。『今までに見たことがない、光の色の美しさをたくさんの人に知ってほしい』という想いで、開発されたんだって」

彼は、物を選ぶとき、必ずその背景にある「ストーリー」を大切にする。作り手の考え方だったり、歴史だったり。グラスにもその美学が感じられて、わたしは思わずため息を漏らした。何てロマンチックなグラスなんだろう。

「白ワイン、赤ワイン、ウイスキー。各種リキュールもございますが、いかがいたしましょう」
おどける彼にぷっと吹き出しながら答える。

「じゃあ、白ワインで」
「かしこまりました」

風鈴のように涼やかな音を立てて注がれる、白ワイン。くるくるとゆるやかに揺れる、まあるいグラス。
光も、揺らぎも、この一瞬一瞬すらも、すべてその中に閉じ込められてゆくようで、軽くめまいがした。幸福なめまい。

「素敵」

横を見れば、彼は自分のグラスにとぽとぽとウイスキーを注いでいる。何気なくその様子を観察していると、はっと目を奪われた。

「グラス内面の色、変わってる……？」
「お、よく気づいたね。チタンミラーが、グラスの色を変化させてくれるんだ。ウイスキーだとこんな感じで琥珀色になるんだけど、赤ワインを入れるとルビー色になるらしい。まだやったことないから、後で試してみよっか」

にこりと笑うその表情が愛しくて、グラスを持つ腕に構わずぎゅっと抱きつく。

「わわ、こぼれるこぼれる」

普段冷静な彼が慌てふためく様子は、どこか可笑しい。
微笑みながら乾杯をする。ひと口、ごくり。

「ああ、美味しい。金曜日って最高！」
「生きててよかったって思うよね」

「チタンって、見た目が美しいだけじゃなくて、『味わい』にも良い影響があるんだ。
飲み物の雑味を分解してくれるから、ひと味違うまろやかな口当たりになる。いつもよりもちょっと特別なお酒を飲みたいときは、必ずこのグラスを使うんだよ」

嬉々として続ける彼。好きなものを語り出すと止まらないところは、少しわたしと似ていて、嬉しい。

その横顔を見つめながら、思う。

私たちは、日々変わってゆく。

今、ともに過ごせているのは、決して当たり前のことじゃない。困難も、苦悩も、どうしようもなく悲しい夜だって、あるかもしれない。
それでも。それでも、きっとこの人となら。

まっすぐに、彼を見る。ふたりの物語は、まだはじまったばかり。

オーロラ色のグラスがキラキラと光って、わたしたちを照らしているみたいだった。

今回ご紹介したPROGRESSの商品の詳細は、こちらからご確認いただけます。
PROGRESS

text：高橋まりな
三度の飯より酒を愛しています。
1人でも多くの人と乾杯するための我が人生。
合言葉は「約束はいらない、酒場で会おう」。
Twitter：

@f_y_takahashi