― 働きながら短歌を作られているんですよね。アウトプットはどうしていますか?
iPhoneのメモ帳やメモアプリに、単語ベースで箇条書きとかでいったん書き留めておいています。その断片的なものを、後で五・七・五・七・七にしていくことが多いですね。
『水上バス浅草行き』の中にある短歌で例に出すと、タクシーに乗っている風景を詠んでいる歌があるんですね。あれは残業して夜にタクシーに乗ったときに、「乗ってる私達めっちゃうるさいけど、この運転手さんは静かだな……」みたいなこと思ったことがあって。そんなレベルの文章で、メモしておくんですよ。それをあとから名詞と動詞を入れ替えてみたり、上の句と下句を逆にしたりして、五・七・五・七・七にパズルを組み立てるような感じで作っています。
― 岡本さんの短歌を読んでいて、一節でこんなに情景が思い浮かんでくるもんなんだなと、感心しました。言葉選びの作業って、どんなふうにされてるんですか。
驚きとか共感みたいな「心が動く何か」は入れたいな、と思っています。あとは、視点を変えてみたり。ヒト視点じゃなくてモノ視点でとか、擬人化してみたらどうなるか、マクロかミクロか、鳥の目で見るか虫の目で見るか、みたいな。映像ならカメラの位置を変えるみたいな感じでアングルを変えたり。同じ事象だとしてもどこから描写するかみたいなのをいろいろ考えながら組み立てます。「これでいい!」そう思えるまで、いろんな方向から。
― みんなどこかで感じてることなんだけど、日常の中で素通りしてしまう感情だったりが描かれていて共感です。例えば恋愛を詠んでいる句なら、絶賛恋愛中の人は共感するし、遠い過去のことをふっと思い出してちょっとあたたかくなるみたいなことも。
そうですね、短歌って気持ちを瞬間冷凍してとじ込めたようなものなのかもしれません。それを読み返すのは、まるで冷凍保存されてるものを味わう感じに近いのかも。例えば長編小説だと読むのに少し時間や体力を使ったりはしますが、そういった意味では、短歌は取り入れやすいかもしれませんね。
― 短歌を作られるようになって、日常の些細により気持ちを向けられるようになってきたということはありますか?
最初は「些細なものをテーマにしよう」などは特に考えてなかったんですけど、実際にメモしたものが短歌の形になると、客観的に見たときに伝わる印象があったり、自分が作ったものだとしても新しく見られる瞬間があって。普段素通りしてるものが改めて言葉にされると、自分はこういうふうに感じるんだというのが、作り手としても読者としても、おもしろく感じますね。