― 鴨志田さんが農園をはじめたきっかけは?
三鷹市に代々続く野菜農家に生まれたものの、もとは数学の教員として8年働いていました。農家の仕事への転機は、父親が他界したこと。「継がない」という選択肢もありましたが、この農園があるから学校にも通わせてもらえた。日々の暮らしの中で当たり前のようにここで生長した野菜を食し、自分の身体を形成してもらってきた。そんな思い入れのある場所を自分の代で手放してしまい、そこが道路になり画一化された住宅が並び立つ光景は見たくなかった。……そんな思いから、気がつけば苗に水を撒いていました。
― しばらくは、教師と農家を兼業していたとか。
個人的に食べる食料を自給農でまかない、残りの時間は自分のやりたいことに充てる「半農半X」という生き方に影響を受け教師を続けていましたが、ネパールから届いたメッセージがきっかけで、生ごみを堆肥化して有機農業を行うことで雇用や教育の機会を創出する国家的プロジェクトへ参画することに。ネパールと日本を行き来しながら、有機農業者である橋本力男さんに堆肥作りを学び、地元20km圏内で出た馬糞や落ち葉、米ぬかなどを使って作った堆肥を、農業に生かし循環させるシステムを構想。2018年に教師を辞め、現在では専業農家を続けながら、ネパールや日本各地で堆肥化実験を指導するコンポストアドバイザーとしても活動しています。
― 農業の魅力とはどんなところにあると思いますか?
農家が売るものは、作物だけではありません。堆肥生産技術(知的財産)を教えることや、若い世代が農業に触れることができる実証実験の場所としての機能が、都市型農業にはあると思います。そういう意味で自分のことを、さまざまな役割をこなすハイブリッドな「百姓」だと思っています。教師を辞めて専業農家に転向したことで活動の幅が広がり、生産効率もアップしています。コロナ禍でネパールに渡ることは難しくなりましたが、現地ではコンポストに関わる人材も育ちました。今後は農園生産とのバランスをとりながら若い世代を育てて、国内各地で資源循環の仕組みを広めていきたいと考えています。
― 鴨志田農園で作る野菜でこだわっている部分は?
「こだわらない気持ちでおいしいものを作る」ということを心がけています。自分のものの見方や考え方に固執することなく、いろいろな方々と対話し、多様な意見に触れ、より物事を多面的に捉えていくことが大切だと思っています。おいしくなりそうな栽培方法があれば、まずは試すことにしています。
― 鴨志田さんはレシピも発信されていますよね。お気に入りレシピを教えてください。
SNSで発信しているレシピは、妻が考えたものです。全てのレシピに共通することは「素材の味」を活かす調理方法にしていること。野菜づくりを行う過程ですでに野菜自体に意図した味をつけているので、シンプルに塩やしょうゆなどで食べるのがおすすめです。自宅では、傷があって売ることのできない野菜を活用した食事で、できるだけ生ごみが排出されないような工夫をしています。料理があまり得意でないという方にもぜひ試していただきたいのが、「甘長とうがらしのじりじり焼き」。お肉にも負けない「霜降り感」を堪能できます。
― ご自身が育てる野菜でどんなことを伝えたいですか?
生ごみを燃やすために、大量の助燃剤(重油)が使用されていることを知るきっかけになればと思いますが……。難しい話はいったん脇に置いて、まずは野菜を食べていただき、生ごみ堆肥で作る野菜のおいしさを知ってもらいたいです。その前提を共有できた上で「なぜおいしいしいのか」、そして「おいしさの向こう側」について知っていただけたらうれしいです。これからも環境問題を言葉ではなく「おいしさ」で伝えていきたいです。
― 今後の展望について教えてください。
農業を学びたい若者を雇用し、売上1,200万円を目標に農場を成長させたいと考えています。また、コンポストアドバイザーとして、農業と社会を結びつける活動も行っていきたいです。地域全体でゴミを減らす活動や、コンポストとトイレを組み合わせて災害時にも使えるようにする仕組みなど、栽培という枠を超えて農業が社会公共性と結びついていく取り組みをサポートできたらと思います。今回の料理会では、参加した方に野菜のおいしさを再認識していただき、その先にある「食と農」について考えるきっかけとなっていただけたらうれしいです。