書店員&詩人・花本武(社長)と、作家・山崎ナオコーラ(副社長)の二名で構成された、稀有な組み合わせの夫婦ユニット「ソーダ書房」による初連載。社長による「詩とエッセイ」、副社長の「解説」で交互に綴る、書店や作家業、育児のことetc.
2018/12/31 Mon.
「友情もあるねぇ。〜書店員と作家とこどもとみんなたち〜」 連載第4回 山崎ナオコーラ(ソーダ書房)
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2018/12/31 Mon.
「友情もあるねぇ。〜書店員と作家とこどもとみんなたち〜」 連載第4回 山崎ナオコーラ(ソーダ書房)
書店員&詩人・花本武(社長)と、作家・山崎ナオコーラ(副社長)の二名で構成された、稀有な組み合わせの夫婦ユニット「ソーダ書房」による初連載。社長による「詩とエッセイ」、副社長の「解説」で交互に綴る、書店や作家業、育児のことetc.
最近のもずくは、常に太鼓を叩いている。
先日、保育園で発表会があり、もずくは太鼓の演奏をした。それをきっかけに、かなりの太鼓好きになった。
家では、太鼓を叩きながら、自分で作った歌を歌う。
「てんとう虫がー、電車にー、のったよ。てんとう虫がー、電車にのってー、ごはんを食べたよ。帰ってきたよー」
など、大抵は、てんとう虫やだんご虫等の虫か、ゾウやサル等の動物が主人公で、電車にのってごはんを食べる物語になっている。あるいは、そのときの自分の状況についてそのまま、「お着替えするんだよー」「水を飲むんだよー」などと歌っている場合もある。
それを聴いていると、太古の人間の姿が浮かび上がる。
原始の人も、こういう風に太鼓を叩きながら、歌を歌ったのではないか。
なんとなく、「言葉よりも音楽が先だったのではないか?」という感じがする。
悲しいときに何かを叩きながら「ああー ⋯⋯ 」と歌い、嬉しいときも何かを叩きながら「ああー!!」と歌う。親しい人が死んだときに「ああー⋯⋯ 」、食べ物がたくさん見つかったときに「ああー!!」⋯⋯。どん、どん、どん、というリズムによって、心が人間らしくなる。
最初にリズムがあって、次に旋律が訪れ、そのあとに物語ができて、それから言葉が生まれて、最後に意味が付いたのではないか。もずくは意味にあまり頓着せずに歌うので、おそらく意味は最重要事項ではない。小さい子どもを見ていると、何千年、あるいは何万年も前の人間の姿に思いが及ぶ。
ちなみに、もずくが今気に入って叩いている、高さ20センチくらいの小さな赤い太鼓は、もずくの父親であるソーダ書房社長がもずくに譲った古い楽器だ。どうやら、社長自身が若いとき、詩の朗読をしながら使ったもので、どこか外国の楽器なのかもしれない。
詩の朗読に太鼓が必要、というのは私にもよくわからない。社長は私にとっても謎な人で、また、正直あまり興味が湧かないない部分もあるので、詳細は聞いていない。ともあれ、「ポエトリーリーディング」という、詩の朗読をするパフォーマンスを若い頃から趣味として行っていて、他にも、変な拡声器などのよくわからない遺物が部屋の奥にある。現在でも、ポエトリーリーディングはときどき行っている。書店員は店を超えて他店の書店員とも仲良くなるものらしく、また、出版社の営業さんとも交流があるみたいで、「書店文化を盛り上げよう」という趣旨でライブハウスなんかを借りてイベントを行うときがある。他の方々は、プロ顔負けのギター演奏をしたり、ソウルフルな歌を歌ったりしていたが、社長はポエトリーリーディングをしていた。ギターやキーボードの演奏に合わせて、詩を読んだときもあった。ところが、社長は譜面が読めない。よくできたな、と思う。他の方々が合わせてくださったのだろう。そして、社長は普段は地味なキャラクターなのに、舞台の上では豹変し、派手なことをやりたがる。一度、私が社長に忌野清志郎みたいなメークをほどこしてあげたこともあった。
社長はポエトリーリーディングを行うことや、ライブやCDで他人の作った音楽を聴くことはかなり好きみたいなのだが、譜面が読めないし、自分で楽器の演奏をしたり、歌を歌ったりすることはほとんどしない。
そして、私は社長以上に、音楽が苦手だ。小学一年から中学三年までエレクトーンを習っていたが、まったく才能がなかった。小学校入学時に友だちと一緒に始めて、その友だちは進級テストを受けてどんどんクラスが上がっていったのに、私は同じクラスに長くとどまっていた。練習は嫌々やって、教室に行く前はいつも「面倒だなあ」と思った。大学生になって、音楽サークルに入り、マンドリンというギターに似た楽器をオーケストラで弾くことになって、それには楽しさを覚えたのだが、上手くはならず、「自分に音楽の才能はないな」というのはやっぱり思った。そして、聴くこともあまりしない。普段の生活は無音で行っている。音楽を聴きながら仕事をする作家もいるらしいのだが、私はカフェなどで雑音を聴きながらの執筆では集中できても、ちゃんとした音楽があると気が散ってしまうので、家で音楽をかけることはまずない。
しかし、もずくは、たぶん音楽が好きだ。
いや、2歳ぐらいの子はだいたいこんな感じなのだろうか?
ほとんどのお喋りを歌に変換する。踊ったり、足や手を叩いたり、それから、テーブルやソファーの縁で両手の指をパラパラ動かし、
「ピアノ、弾いてんの!」
とにこにこする。
そして、クリスマスに向けて、
「サンタクロースさんに、ピアノをもらう!」
と言っている。とはいえ、本格的なピアノは予算も場所もないので、小さいキーボードがいいだろう。ただ、楽器屋さんを見学したときに、本当のピアノを見て、「これがいい」と言っていたので、小さいキーボードを見て「これじゃない」となったらどうしようか。それに、この先に本当のピアニストになる可能性もゼロではないのだから、インタビューで「最初に触れたピアノは?」と聞かれた場合のかっこいい答えを用意しておいた方がいいのではないか⋯⋯。
子どもの音楽好きを目にし、社長と私は夢が膨らんでしまう。もしかしたら、このあとジャズメンになって、ニューヨークのカーネギーホールだとか、シドニーのオペラハウスで演奏するかもしれない。そしたらどうしよう、金をかき集めて追っかけをするしかない、と話し合う。もっと年齢が上がったら、具体的なことが見えてきて、こんな想像をしなくなるのかもしれない。2歳ぐらいは夢を描けるので楽しい。
でも、少しずつ世間にも馴染んできている。この間、急に、
「カーモン、ベイビー、アメリカ」
と歌った。DA PUMPの「U.S.A」が保育園で流行っているらしい。私はこういう流行りに疎く、家にテレビもないから、きっとお友だちに教わったのだろう。てんとう虫がどうのサルがどうのから離れ、ポップスを歌うようになって、やがてゲームをして、常識に染まっていくのかもなあ、と想像する。それはそれで、周囲とコミュニケーションが取れたということだから、喜ぶべきだろう。
さて、前回の冒頭で、社長が、和田誠さんと和田唱さんの共著『親馬鹿子馬鹿』(復刊ドットコム)について触れていた。
イラストレーターの和田誠さんと、料理愛好家でシャンソン歌手の平野レミさんの夫婦、そして、その長男でトライセラトップスのボーカルの和田唱さん、次男の和田率さんは、有名な家族だ。
平野レミさんの奇抜なレシピはいつもSNSで話題になるし、率さんの奥さんの和田明日香さんとレミさんの関係が面白くてその二人にもファンが多いようだし、唱さんが女優の上野樹里さんと結婚したときも盛り上がった。
『親馬鹿子馬鹿』は、もともとは1983年に刊行された本で、2017年に復刊された。内容としては、和田唱さんが4、5歳のときに描いた絵をカラーで紹介しながら、父親の和田誠さんが解説を書いていくものだ。本当に「親馬鹿」で出版を行った感じなのだが、妙に面白い。本人の気が向いたときだけ自由に絵を描かせたり、持っているレコードを勝手に聴いてもらったりしているだけで、これといった指導はしていないし、驚くような育児法が書いてあるわけではない。でも、「そうだよな、育児ってこうだよな」とちょっとした感動が湧く。それにしても、当時はまだ将来にトライセラトップスになるなんてわかっていないのだ。海のものとも山のものともしれない自分の子どもが描いた絵で本を作ろうなんて、よく思えたものだ。自分の子どもが描いた絵が素敵に見える、というのは多くの親が経験することだろうが、多くの親が、「とはいえ、これは自分が身びいきで思うだけのことだから」と外には出さない。ましてや、仕事の場所に持ち込むなんてしない。でも、和田誠さんは出してしまう。家の中で起きたことを、面白可笑しく本にする。
もうひとつ、紹介したい。『平野レミのおりょうりブック―ひも ほうちょうも つかわない (かがくのとも傑作集 わくわく・にんげん)』(福音館書店)という1992年に刊行された絵本がある。平野レミさんが小さい子向けに作ったレシピの本で、振りかけたり千切ったりするだけのごく簡単な料理が紹介されている。表紙には、「和田唱・和田率 え」とある。先ほど書いた通り、唱さんと率さんは、レミさんの長男と次男で、当時子どもだった二人が協力して絵を描いたらしい。そして、表紙をめくると、和田誠さんの名前も小さく載っており、イラストの構成は和田誠さんが行ったみたいだ。つまり、家族4人の共同作業で絵本制作が行われている。こんなことをしていいのか。家族で本を作ると、内輪ウケに終始したり、自己満足になったり、素人が七光りで仕事をしたりするので、社会からの需要がないレベルの低い本になる可能性もある。だが、この絵本はしっかりと絵本として成立している。
こういった和田誠さんや平野レミさんの姿勢を見て、「もしかしたら、出版って、なんでもありなのかな?」という気がしてきた。
私は、自分が「書籍の出版」に大きな夢を抱いて作家になったので、書店員の夫という、プロではない家族が簡単に文筆業に携わることには抵抗も覚えた。以前は、文豪気取りで「私が死んだあとに、手記を書くな」と夫に言ったこともあった。今回も、「夫や子どもと本を作るということをしていいのか?」と心が波立っている。
しかし、和田誠さんや平野レミさんから勇気をもらい、読者の方を向いて仕事を行い、面白くできる自信があるのならば、何をやってもいいのかもしれない、と思うようにもなってきた。
<プロフィール>
●ソーダ書房(そーだしょぼう)
書店員、花本 武(社長)と作家、山崎ナオコーラ(副社長)以上二名で構成する組織。本にまつわる諸々の活動を行う予定です。
●花本 武(はなもと たけし)
1977年東京生まれ。都内某書店勤務のかたわら詩作やそれを朗読する活動をたまに行う。一児の父。
●山崎ナオコーラ(やまざき なおこーら)
作家。1978年生まれ。性別非公表。2歳児と夫と東京の片隅で暮らす。著書に、小説『美しい距離』『偽姉妹』、エッセイ『母ではなくて、親になる』など。目標は、「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」。
挿画:ちえちひろ