書店員&詩人・花本武(社長)と、作家・山崎ナオコーラ(副社長)の二名で構成された、稀有な組み合わせの夫婦ユニット「ソーダ書房」による初連載。社長による「詩とエッセイ」、副社長の「解説」で交互に綴る、書店や作家業、育児のことetc.
2019/02/25 Mon.
「友情もあるねぇ。〜書店員と作家とこどもとみんなたち〜」 連載第8回 山崎ナオコーラ(ソーダ書房)
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2019/02/25 Mon.
「友情もあるねぇ。〜書店員と作家とこどもとみんなたち〜」 連載第8回 山崎ナオコーラ(ソーダ書房)
書店員&詩人・花本武(社長)と、作家・山崎ナオコーラ(副社長)の二名で構成された、稀有な組み合わせの夫婦ユニット「ソーダ書房」による初連載。社長による「詩とエッセイ」、副社長の「解説」で交互に綴る、書店や作家業、育児のことetc.
今回の花本さんのエッセイはいつになく面白かった。
さすが書店員だ。書店の話は面白い。
これまでのエッセイについては、正直、「どうなんだろう? 本当に読者を満足させられるか?」「気取り過ぎていないか?」「サービス精神を持て」と多少の不安とともにドキドキしながら読ませてもらってきたが、この書店のエッセイはかなり良かったので、機会があればまた書店について書いて欲しい。
特に、「書店が人間を育てることのできる場所であるためには…。」というフレーズはぐっときた。
「書店に自分が書いた本を置きたい」という夢を持って私は作家になった。私は書店員ではなく作家だが、私にとって書店は人生だ。人生の主戦場だ。私は書店に育てられている人間のひとりだ。
高校生の頃、書店の中を毎日ぐるぐる歩きまわっていた。金がなかったので、なかなか買えなかった。買えるときでも文庫がほとんどだった。単行本を買うのに半年悩んだ覚えもある。
子供時代は極度の人見知りだった私だが、高校時代に一番ひどくなって、友だちがひとりもいなかった。学校で、休み時間はもちろん読書、授業中もノートと教科書の隙間に少しずつ文庫のページをスクロールさせてこっそり読書、登下校の電車の中でも読書をしていた。作家になることが目標だった私は文芸部に入りたかったのだが、一年生の始めに文芸部の部室のドアの前まで一週間ほど毎日通い、結局ノックする勇気を持てず、帰宅部になった。
放課後、乗り換えする駅で降りると、大きい書店をチェックし、地元の駅で降りると、中くらいの書店をチェックした。あとは図書館で時間を潰すことも多かった。勉強はまったくしていなかった。特進コースという国立大学を目指すクラスにいたので、理数系も勉強しなければならなかったのだが、テストはいつも40点だとか20点だとかで、たぶん、どこかで授業についていけなくなり、落ちこぼれたのだと思う。当時、偏差値というものがあったが、数学や化学は偏差値30とか40とかだった。英語や世界史は偏差値55とか60とかだった気がする。国語だけ偏差値75とかだったので、私立の大学になんとか入れたのだが、国語が良かったのも、本を読んでいたからで、勉強はしていなかった気がする。ちゃんと勉強していれば、いい大学に行けたのかな、と思うときもあるが、そうだったら、書店をぶらぶらしていなかっただろうし、ぶらぶらしていなかったら「書店に自分が書いた本を置きたい」と強く願うこともなく、作家にならなかったかもしれない。
とにかく、今でも、乗り換えの駅の書店の棚や、地元の書店の棚のイメージが眼前に浮かぶ。あの頃の、「ここに、自分の書いた本が差したい」という強い思いも脳に刻み込まれている。
だが、作家になったあと、いつの間にか、「文芸誌に居場所を見つけなければ」と夢がすり替わった。芥川賞の候補になって、芥川賞を受賞しなければ作家を続けさせないと誰かから強迫されている気分になり、世間からの扱われ方に心が折れ、「本を作りたい」「書店に本を置きたい」から、「文芸誌に居場所が欲しい。芥川賞を受賞しなければ文芸誌に居場所ができない」と思い込まされていた。でも、文芸誌が私を追い出すなら、追い出されてやるぜ。最近はそんなことも思う。
初心に帰ろう。私は、本を作りたくて作家になった。書店に本を置くことが夢だった。最初の本が出版されたとき、書店に本が並んでいるのをみて、「夢のイメージが現実になった」と、涙がダラダラと出た。
書店員さんが書いてくれたPOPを見て、ものすごく感動した。取次さんの仕事を知って感激し、紙工場の研究を知って尊敬し、装丁のデザイナーさんや写真家さんのセンスに脱帽した。私はテキスト作りだけでなく、本作りにも心を動かされた。本の流通にも興味を持った。私はこういう流れの中の一端を担いたい。そうだ、それだけでいい。一端を担って、書店文化が続いていく力のひとつになれればいいのだ。
私が花本さんのことをいいと思ったのも、書店員としての仕事に対してだった。とにかく、いい書店員だ。正直、書店の外の花本さんは、思っていたのと違う感じのことも多い。でも、書店員としてはかなりいい人だと思う。
花本さんの両親に挨拶をしたときも、書店員としての花本さんは本当にいい仕事をしているという話を私が最初にして、花本さんのお母さんが、「仕事をいいと思ってもらえるのが一番いいものね」と花本さんに向かって言ったのを覚えている。
私の本の売り上げが落ちてきて私が悩んでいたとき、花本さんは、「書店は多様性を肯定するために少部数の本も置く。売れている本も大事だけれど、売れていない本も大事だ。売れる本だけの書店を作ったら、社会が苦しくなってしまう」と言った。それ以来、少部数でも堂々と作家の仕事をしていこうと思うようになった。
私は書店が大好きだ。今でも、一日一回は書店の中を散歩する。
今は近所に書店があまりないので、一店舗だけだが、以前、吉祥寺に住んでいたときや、新宿に住んでいたときは、何店舗かを毎日巡り、書店散歩していた。
私は若い頃、青山ブックセンター本店でアルバイトをしていたことがある。当時はアルバイトは棚担当をすることがなく、レジか、フロアを歩き回って、平台の本のズレを整えたり、帯の位置を直したりするだけだった。私は有能ではなくて、それだけのことでもうまくこなせず、社員さんや同僚のアルバイトさんたちに迷惑ばかりかけてしまったのだが、私自身は「本屋の中をうろうろする」というのは一番好きな行為なので、楽しかった。
その頃のクセが残っていて、今でも、書店で積んである本がズレていたり、帯の位置がおかしかったりすると、ちょっと直してしまう。数年前に、新宿の書店をひとりでぶらぶらしていたとき、柴崎友香さんの本を整えていたら、偶然そこに桜庭一樹さんがいらっしゃって、「お友だちの本も整えてあげるんですね」と言われた。偶然会った人に変なシーンを見られてしまうことはよくあるが、わりといいシーンを見られたように思ったので、良かったと思った。でも、書店員さんからしたら、余計なお世話だろう。
なんとなく、書店の本は、触られるほどパワーを持つような気がしている。商品なのだから、新品が良いに決まっている。紙は繊細だから、劣化しないように気をつけないといけない。でも、書店員さんが何度も整えたに違いない棚からは、力が放たれている。誰も触ることなく放っておかれている棚はなんとなくわかる。だから、整えるのは大事なのではないかと思っている。
もずくは書店をどう思っているのか?
おそらく、まだ書店に対する思いというものは持っていないだろう。うちには絵本がたくさんあり、もずくはかなり本好きだ。常に「読んで」とせがんでくる。毎日たくさんの本を読んでいる。でも、その多くは親が選んで買ってきたものだ。もずくは書店でマナーを守ってうろうろできる年齢ではまだないし、書店が大好きになるのはもう少しあとだろう。「図書館行きたい」はよく言うが、書店についてはまだ発言したことがない。
書店好きを押しつけるつもりはないが、これから少しずつ、書店の仕事について話していきたいと思う。
<プロフィール>
●ソーダ書房(そーだしょぼう)
書店員、花本 武(社長)と作家、山崎ナオコーラ(副社長)以上二名で構成する組織。本にまつわる諸々の活動を行う予定です。
●花本 武(はなもと たけし)
1977年東京生まれ。都内某書店勤務のかたわら詩作やそれを朗読する活動をたまに行う。一児の父。
●山崎ナオコーラ(やまざき なおこーら)
作家。1978年生まれ。性別非公表。2歳児と夫と東京の片隅で暮らす。著書に、小説『美しい距離』『偽姉妹』、エッセイ『母ではなくて、親になる』など。目標は、「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」。
挿画:ちえちひろ